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監査報告書の長文化 ~KAMの導入~

【導入の背景】

これまで我が国においては、企業の不祥事や不正会計があるたびに監査基準の改訂が何度も行われてきました。最近ではオリンパス事件を受けて不正リスク対応基準が設定されましたが、その後の東芝の不正会計などを経験し、財務諸表利用者(以下、利用者)に対して、より高品質で透明性の高い会計監査を提供し、監査報告書の情報価値を高める必要性が生じ、監査報告書の透明化、情報提供の充実が提言されてきました。
今までの監査法人は、企業の側で不祥事や不正会計が明るみに出ないときは全くと言っていいほど存在感がなく(黒子に徹し)、何か事が起こった時だけ監査法人は何をやっていたのか、何故発見できなかったのか等々の批判を受け、脚光を浴びるという歴史を繰り返してきました。そして、監査法人と利用者とをつなぐ唯一の手段である監査報告書はその内容が定型的で全く個性がないものであり、どの会社の監査報告書も全く同じ内容、文面となっています。そのような監査報告書では利用者から到底理解し難いものであり、例えば適正意見ではあるけれど、100点満点の適正意見なのか又はギリギリ50点の適正意見なのかといった疑問や懸念が生じていたり、監査法人は何をどう手続したのかといったものが全く持って不透明であるとの意見が生じていました。そこで、今回の改訂において、監査報告書の情報価値を高め、会計監査についての利用者の理解を深める必要があること、また監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters 以下、KAM)を導入することで、企業と利用者、企業と監査人との対話、コミュニケーションが充実されることを期待し、KAMの導入となりました。

【KAMの決定プロセス】

どの科目をKAMとするかの絶対的な要件はありませんが、改訂監査基準の前文に決定プロセスが例示されています。
監査上特に注意を払った事項(①特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、②見積りの不確実性が高いと識別された事項を含め、経営者の重要な判断を伴う事項に対する監査人の判断の程度、③当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響)の中から監査人が特に重要な事項として設定した事項をKAMとして決定するとされています。その決定プロセスは相対的な概念であり、個々の企業の状況に応じて決定されるべきものであるとされています。

【まとめ】

従来の監査報告書は定型的であり一貫性が重視されていましたが、KAMを導入することにより、個々の会社の監査に特有の事項が常に記載されることになります。会社間において類似した項目であっても、それぞれの状況に即した各社特有の内容を記載することになり、また同じ業種であっても、会社間で共通する項目もあれば、各社に特有の項目が存在することもあり得ます。あくまでも目的は利用者の目線に立ったものであり、監査人の実施した監査の透明性向上と監査報告書の情報価値を高めることにあります。その結果として、監査報告書が定型的なものからテーラーメイドなものになり、監査報告書の差別化が図られ、ひいては監査の品質を利用者から評価され、監査自体の信頼性の向上につながるものとされています。また、冒頭でも述べましたが、利用者が監査に対して、また財務諸表に対しての理解が深まることで経営者との対話が促進され、コミュニケーションの充実が図られることが期待されています。その結果、持続的な企業価値の向上に向けた好循環が期待されているわけです。

【実施時期】

KAMについては、2021年3月決算に係る財務諸表監査から適用するとされ、2020年3月決算監査からの早期適用が推奨されています。つまり、3月決算の会社であれば来期からの適用が推奨されていることになります。また、現時点では中間監査及び四半期レビューにおいてはKAMの記載は求めないこととされ、さらには金融商品取引法上の監査報告書についてのみの適用とし、当面会社法上の監査報告書には記載を求めないこととされています(任意での記載は可能)。

【KAM試行の結果】

KAM導入にあたって大手監査法人4法人及び準大手監査法人3法人、監査先26社が参加しKAM導入の試行テストが行われておりますので、簡単に結果を紹介させて頂きます。

選定されたKAMの個数:平均2.61個
選定されたKAMの領域:18個 資産の減損
17個 企業結合に関する会計処理、のれんの計上及び評価
14個 引当金、資産除去債務、偶発債務

選定理由:金額的重要性が高い、算定プロセスが複雑、経営者の主観的判断の影響が大きい等

最近の財務諸表における見積り項目の重要性、ウェイトの大きさ等を反映し、選定されたKAMはほぼ見積り項目となりました。

【最後に】

KAMの導入を成功させるためには、新しい監査報告書の実務を「育てる」意識が重要となるとのことでした。被監査会社には、特有の記載がなされることを理解していただき、また監査人の側では変革のための段階的なレベルアップのプロセスが必要であり、最初から上手に監査報告書を記載する必要も求めていないとのことでした。今までの定型的な監査報告書の記述が今後はテーラーメイドかつ多様になっていくことで、それが契機となり利用者と企業間、企業と監査人間の対話の機会が一層深く充実したものになり、監査報告書の記述を批判の手段ではなく対話の手段と捉えていくことが重要になってくるとのことでした。

なお。KAM以外の改正点はこちらをご覧ください。

 

 

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